Story
研究・開発ストーリー

研究・開発ストーリー①材料への深い理解と独創性を、産業技術につなげる。私たちの熱い想いと意志で、世界へ、未来に。

被災地の復興のために、研究者としてできることを。

新しい科学技術を産業につなげ、製品化するためには多くの困難を乗り越えなくてはなりません。研究・開発設計・実証評価などのプロセスを繰り返し、技術的・システム的課題をクリアするのはもちろんのことですが、前提として社会的な需要が存在する必要があります。経営体力を有する大企業にとっても、少なくないリスクを帯びる試みでしょう。
長年、大学の研究者/教育者として、企業との協働の下、技術的要請に応え、また研究シーズを探索してきた私が、ベンチャー企業の技術責任者としてその発足に携わることになった理由――それは2011年に起きた東日本大震災を抜きにしては語れません。

発災後、石巻市(宮城県)の沿岸部を訪れた私は、目の前に広がる津波被害の光景に打ちのめされ、言葉を失いました。悲嘆と無力感の間に揺れながら、自問し続けたのは、「一個の人間として、被災地のために何を成し得るのか」ということでした。甚大な被害を前に、自分はあまりに非力であると悲観に暮れていた時、2011年最初のホームゲーム(甲子園球場で開催されたオリックス・バファローズ戦)で完投勝利した東北楽天・田中将大投手の姿が飛び込んできました。田中投手のガッツポーズは、うなだれていた被災者を元気づけ、子どもたちの目を輝かせました。その時、特別なことではなく、自分のフィールドで自分ができることを真摯に着実に続けていくことが、それが震災復興、ひいては社会貢献につながっていくのだということに思い至りました。

取材風景

エネルギー問題の解決に向けた、ひとつの答え「Cuペースト/バリア」。

工学を標榜する者ならば、自身の研究・開発を、人びとの幸福や豊かさ・福祉、社会の発展に継いでいきたいと誰もが願うことでしょう。私はそこから一歩踏み出し、研究者が(研究費という形で)社会からの支援を受けている以上、負託に応えていく姿勢を持つべきと考えています。しかし、知的成果を産業技術として結実させるのは容易なことではありません。
私たちが2004年に発表した「Cu-Mn合金を用いた先端LSI多層配線」は、複数の企業との共同研究を経て、米国の大手半導体製造会社での量産化体制が整えられ、現在、先端半導体チップに採用されています。みなさんが使っている携帯電話やスマートフォン、タブレット型端末にも搭載されているかもしれませんね。このアイデア自体は1990年代初めに提案され、配線の微細化を促進する技術として大きな期待を集めました。しかし、実現への道のりは遠く険しいものであり、世界中の研究者たちの尽力むなしく、半導体の将来予測から外れていきました。そんな中、私たちの発表が驚きをもって迎えられたのは言うまでもありません。

東日本大震災は、現代人がすでに抱えていた様々な課題を鮮明に浮かび上がらせました。そのひとつに福島第一原子力発電所事故に端を発するエネルギーの問題があります。これを未来に先送りすることはできないと多くの方が感じられたことでしょう。
折しも、私たちは太陽電池セルのコストダウンと性能向上を叶えるいくつかの要素技術を有しており、それらを産業技術として洗練・統合させることによって、エネルギー問題に深くアプローチできる可能性を持っていました。幸いにも「大学発新産業創出拠点プロジェクト」に採択され、2012年夏から走り始めたプロジェクトは、非常にタフな挑戦となりましたが、Cuへの深い理解を背景とした創意と努力の積み重ねにより、Si太陽電池の配線を構成するAgペーストを代替するCuペースト/バリア、その量産化技術を確立しました。今後、この画期的な技術が広がり、さらには国際標準化が進めば、太陽光発電の普及拡大に弾みがつくことでしょう。未来のエネルギー構成が大幅に書き換えられることになるかもしれません。

東日本大震災の真の復興はまだ道半ばです。片や、温室効果ガス削減、環境負荷の低減、持続可能性といった課題も、現代人の前に立ちはだかっています。私たちはこれからも自分たちだけにしかできないこと――材料科学への広く深い知見、独創的な発想と先見性、勇気と情熱あふれるチャレンジ――によって、革新的な答え=技術を発信していきます。東北から世界へ、未来に…私たちの熱い想いと意志でつないでいきます。